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【2024/05/02 20:49 】 |
宗教とは何か

映画『シークレットサンシャイン』を見て思うのは、いかに宗教が人を救うか、だ。
息子を殺害された母親が絶望の果てに辿り着いた教会。
そこで説教を聞くうちに呆然自失としていた彼女が泣き出し。
神の無限の包容力の前に救済され、穏やかな精神状態と朗らかな表情を取り戻す。
この姿を目の当たりにすると宗教というものに胡散臭さや不健康な印象を抱いている人間でも
絶望の渦中に立たされた母親が生還できたことは事実であり、評価せざるを得ない
それほど画期的で衝撃的な光景であった。

無宗教の自分が敢えて言おう
「宗教は人を救う 素晴らしいものだ」
心からそう感じた。

精神を根底から満たされた彼女はやがて神から「許すこと」を学び。
そして息子を殺した犯人を自ら「許そう」と決意する。

ここからが問題なのだ。

彼女はさっそく刑務所へ向かい、息子を奪った仇敵である殺人者に言うのである。
「あなたの罪を許します」
しかし返答は意外だった。
相手は穏やかで朗らかな表情でこう言った
「いいえ、その罪はすでに神によって許されました」

宗教の矛盾が垣間見えた光景だ。

あるいは宗教の限界だろうか。

また違う形ではあるが『エデンの東』でも”限界”が垣間見える。
父親は聖書に”正しさ”を頼るあまり、息子を深く傷つけてしまう展開なのだが
要するに「正論を武器にするな」という言葉があるように
自らの正しさの定義を、聖書に依存しすぎると哀しい結末になるということだ。

おそらく思うのは、宗教が可能なのは「人を救うこと」までなのではないか。
このことに関しては絶大な力があると言わざるを得ない
しかしその先が問題なのだ。
救われる必要のない人間は気をつけなければならない。
いや
すでに救われた人間がその後の付き合い方を間違えると大変なことになる。
とてもあいまいなけつろんだがとにかくたいへんなことになるのだ
正しさとは何か。その定義を依存しすぎて思考停止になるのは危険なのだろう。

いやもしかしたら結論はそこではないのかもしれない。
宗教、つまり信者になることによって、
その人間は議論の場で、ある種の説得力を失う点にある。

説得力という言葉は興味深くて、専らそれは客観的なものだ。
要するに説得力の有無は聞き手側が決定するのである。あるいは無意識に。
相手に対して「信者」というレッテルを貼ることで、発言力を奪ってしまう展開はよく見かけるだろう。
例えば私のここまでの発言を、宗教に属している人間が言ったところで
説得力を感じることはできないだろう。

でもこれって聞き手(レッテルを貼る側)が能動的に議論から離脱する行為なのではないか?
むしろこっちが盲目的と考えることもできる。

要するに、宗教というものは無視できないということだ
単純に胡散臭いとか不健康という印象しか持っていないのは、むしろ盲目で不健康なのかもしれない。

映画『愛のむきだし』も宗教を掘りさげた名作だよ。

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【2010/11/12 01:04 】 | ポートントンの記事 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
積み本  ~sky~
積み本を無くすには積んである本を全て処分するといい。
これで積み本は無くなる。
ブックオフの100円コーナーとか全巻セットワゴンセールとか安いからとりあえず買っておこうという気持ちを捨てて、読みたい本ならいくらでも払うという思想に切り替えることができる。
読む分だけを買うようにすれば買う喜びも維持できるし読むのが苦痛にならない。
最近古本屋の品揃えが悪い。新品自体が売れてないから中古で出回らないんだろう。
ブックオフはいつ行っても同じ本が並んでいる。とてもつまらない。
自分は真のロリコンではないようだ。ロリどもに対して全く精神性を求めていない。
造形だけにしか魅力を感じていない。ロリババァが最高だ。
真の本好きとはなにか?
自分は本に対して全く精神性を求めていないのか?
造形だけにしか魅力を感じていないのか?
それならば紙媒体に固執する理由としては十分だろう。
本というものをそういった視点で見てみると意外な点に気づく。
出版社ごとに違う香りがするのだ。 特に幻冬舎の香りが好きだ。 真っ先に『羊のうた』を思い出す。
紙が薄いことがあるのだ。 一迅社の初期のREXコミックは次のページの絵が透けていた。あれは欠陥だ。
あとサンデーGXのコミックは微妙にサイズが小さい。
講談社の新書サイズコミックだけが入る本棚がうちにはある。少し削るとチャンピオンコミックスも入る。
ビームコミックの一部はコミックワゴンケースに入らない。『アワヤケ』や『ソウルフラワートレイン』などだ
大判のコミックにした時点で見向きもしなくなる輩がいる。コミックガムはそこに目をつけてコミックガムプラスレーベルを作った。
まあせいぜいこの程度だ。
本の造形美だけを求めるやつなんて、いない。
まあたぶん居るんだろうが、そいつはヒネくれたい気持ちが強いだろうけど蔑ろにすべきではない。だが無視する。
ありのままの全てを肯定することが“真の~~好き”というのなら
求めるほどにそれを名乗ることはできない。
たまに“人間好き”を名乗るやつがいる。
そういうやつに出会うと、自分だけはそいつに好いてもらえないのだろうと強い疎外感を抱く。
自分が人間であるということは事実かもしれない。しかし自分が人間であることに自信をもって、そいつに心を開くのはなにかオカシイ。
自分は空を飛ぶ夢をよく見る。夢の中ではどんな場面でも飛ぼうと思えば飛ぶことができる。それに論理の飛躍も大好きだ。自分は前世は鳥だったのかもしれない。
ほら!これだけでも自分が人間だという確証は揺らぐのだ。
正常な人間であるなんて、そう安易に名乗れたものではない。
しかし「正常であるとは何かを悩んでいる人間は少なくともそいつは正常な人間である」という考え方がある。
とするともしかしたら自分は正常な人間なのかもしれない。
おっとおっと、ここが落とし穴だ。
この考え方を知った時点で、そいつは「正常とは何か」を考えることを少し怠っている。
まったく油断も隙もありはしない!
このように積み本を増やすことは、罪を増やすことであり、人生をツむ原因になりかねない。
しかしだ!
デジタルにしたらどうだろう
これは積むことができない。データが貯まるだけだ。
だからデジタル書籍は将来性があるのかもしれない。
これに紙媒体が対抗するには、本を積まずにちゃんと読むことが何よりも大切なことなのである。

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【2010/10/06 03:16 】 | ポートントンの記事 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
天井ポスター
天井にポスターを貼るのは想像以上に難しいんですよ。

貼り付ける度に天井から落下するカウントダウンのごとく「ピリッ・・・バリッ・・」とホラー映画のように聞こえてきます。

ガムテープを筒状に丸めて付けるのは強力そうですが意外に自重があるため長くもちません。
布ガムの場合は跡が残って美しくありません。
画鋲も落ちてきたら怖いです。
セロテープは弱すぎます。
ポンド付けは論外ですよね。かわくまで両手を挙げていなければなりません。
コマンドタブは高いです。天井にやるにはけっこうな数が必要です。

ということで両面テープが一番ですよ。
でも100円ショップのは弱いので500円くらいは出しましょう。
15cmを15箇所ほど貼れば安定です。

ちょっと危険な気がするので部屋の画像は貼りません。

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【2010/09/20 19:00 】 | ポートントンの記事 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
5年目の夏の終わり
 ポートントンです。
この夏はゴーヤーを庭で育てたのですが、なかなか大きくなりません。
合計で小さいものを3つだけ収穫できました。
市販のものより5倍くらい苦いです。たくましいですね。

先日 家の近くの道の上に鳥が止まっていたんです。字面的に普通だろと思うかもしれませんが、
文字通り地面の上で鳥の時間が止まっていたんです。
近くによって地面を強く踏んでも反応ナシ、小枝でつついてもビクともしません。死んでるのかな?と思ったのですが、しっかり足で立っているのです。
不思議な事態に首を傾げていると、後ろからおばあさんが歩いてきて鳥に気づき ガシッと掴み挙げました。
するとその鳥は足を僅かにバタつかせてもがきました。生きていたのです。
「これは日射病だねぇ」
躊躇いも無く鷲づかみにしたおばあさんの行動にも驚きましたが、鳥も日射病になるんですね。
まだまだ暑いのでお体には気をつけてください。

friend_bigger.jpg

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【2010/09/09 17:33 】 | ポートントンの記事 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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